家出のドリッピー

英語やり直し

30年以上前、私が最初に手を出した英語教材が「家出のドリッピー」だった。 チャプターごとに、レコードと物語の本、解説書がセットになって、確か1か月ごとに送られてきたと思う。

物語の本は、大きな挿絵が入っていて、イメージしやすい構成になっている。解説書には簡単な質問があって、それに英語で答え、その章の文法解説が読める。巻末には、模範解答が載っている。 「楽しみながら英語ができるようになる」——そういう触れ込みだったし、今あらためて見ても、たしかによくできていると思う。

出典:シドニィ・シェルダン/メアリー・シェルダン『家出のドリッピー』(English Adventure)解説:亀井俊介

当時の私は、一生懸命だった。レコードを聞き、本を読み、解説書の質問に答える。単語を調べ、文法解説を読んだ。

出典:シドニィ・シェルダン/メアリー・シェルダン『家出のドリッピー』(English Adventure)解説:亀井俊介

でも、続かなかった。 当時の頭の中を、どう表現したらいいだろう。私は基本的に「こうだったら、こう」という、わかりやすい1対1のロジックでしか考えられなかった。5文型にぴったり嵌るものしか、理解できない。読んでいると「どういうこと? 意味がわからない」が次々に出てくる。いちいち詰まる。それでも、とにかくやるんだと無理に進めた。すんなり理解できないまま進むのだから、当然「つまらない」。2か月で、音を上げた。

一人で黙々とやる作業は、嫌いではない。繰り返すうちにできるようになっていく、その過程は、むしろ面白いと感じる。塾のように一緒にやる仲間がいたら、違ったのかもしれない。 ただ、理解できないまま進むと、モヤモヤが残る。「できるようになっていく」過程が、イメージできない。順番にやれば確実に積み上がる——それが、算数の問題のようにはいかなかった。積み上げ方が、わからない。読んでも理解できないし、解説を読んで「この場合はこう」とわかっても、「では、この場合は?」となると、さっきの説明では意味が通らなくなる。

今、あらためて読み返すと、少しわかる。「これは、この部分の説明を後ろにつけているんだな」「ここは、間に一言を補っているんだな」と、ざっと意味を取りながら読めるようになっている。——「少し」と言ったのは、今でも「ん? これはどういう意味だ?」となる部分が、ちゃんとあるからだ。

もう一度、やり直してみたくなった。 ……が、しまい込んだ古いレコードプレイヤーを引っ張り出して、動作確認からしなければならない。ん~。

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